心が動いた話

「明日への言葉」を含め、ラジオやテレビ番組の感想を書いています。

アフリカの大地に生きる







<音声>
2017 12 20 1/3 アフリカの大地に生きる ①/菊本 照子・きくもと てるこ・ケニア・マトマイニ 孤児院 院長 明日へのことば・NHK ラジオ深夜便 4 - YouTube2017 12 20 2/3 アフリカの大地に生きる ①/菊本 照子・きくもと てるこ・ケニア・マトマイニ 孤児院 院長 明日へのことば・NHK ラジオ深夜便 4 - YouTube
2017 12 20 3/3 アフリカの大地に生きる ①/菊本 照子・きくもと てるこ・ケニア・マトマイニ 孤児院 院長 明日へのことば・NHK ラジオ深夜便 4 - YouTube
2017 12 21 1/3 アフリカの大地に生きる ②/菊本 照子・きくもと てるこ・ケニア・マトマイニ 孤児院 院長 明日へのことば・NHK ラジオ深夜便 4 - YouTube
2017 12 21 2/3 アフリカの大地に生きる ②/菊本 照子・きくもと てるこ・ケニア・マトマイニ 孤児院 院長 明日へのことば・NHK ラジオ深夜便 4 - YouTube

2017 12 21 3/3 アフリカの大地に生きる ②/菊本 照子・きくもと てるこ・ケニア・マトマイニ 孤児院 院長 明日へのことば・NHK ラジオ深夜便 4 - YouTube





この放送を聞いて、私のケニアの友人を思い出した。

そのエッセイを載せる。
「この夏、輸入雑貨の店を経営しているアフリカ人と友達になった。その人は、日本語を上手に話す人だった。


 長女と次女を連れて買い物に行った時、


「何年生?」


と子供たちに聞いた。子供たちは、答に困っていて、すぐには返事ができなかった。年齢は十七歳と十五歳なのだが、どこの学校にも所属していないからだ。


 後日、私は一人で店に行った時、娘たちが学校へ行っていない事を話した。娘たちは、義務教育のほとんどを不登校で過ごした後、今は家で家事手伝いをしながら、自分達がこれから生きて行く道を、それぞれに歩み始めている事を話した。


 その人は、こう言った。


 「日本の義務教育はトンネルの外に、又、ガードレールを作っているようだ」と。


 私は、その言葉がとても新鮮だった。今まで誰からも聞いたことのない、表現だった。


 トンネルには、入り口と出口しかない。そして一度、中に入ってしまえば、出口まではまるで目隠しされたように周りが見えない。ただ出口を目指して突き進むのみ。


 小学一年から中学三年までのトンネル、出口には高校受験があり、また、次のトンネルが待ちかまえている。


 私は、なんだかとても納得した。トンネルにガードレールは不必要なのに、それでもガードレールをつけて子供達を過剰に守ろうとしている義務教育。そして、その間、周囲がまるで見えず、ただ学校の勉強をする事だけを要求される。


 「そんなに世界が見えていないと思う?」


と、私は聞いた。そう思うとその人は言い、私達は、その話をきっかけに色々な事を話し合うようになった。


 その人はケニア出身で、日本の奥さんと二人の娘がいる。奥さんは海外派遣協力隊の一人として看護の仕事をしていて、彼とケニアで知り合ったそうだ。


 奥さんや子供達とも会う事ができ、色々な珍しい話を聞くことができた。


 暖かく、仲の良いとてもステキな家族だった。


 私は、アフリカの色々な話を聞きに、お店に出かけた。ある日、娘の服を買いに行った。帰ってから家計簿をつけるため、レシートを見ると、ひとつ、不明なお金がある。細々と買い物をしたので、こちらの記憶も定かではなく、翌日、レシートを持って確かめに行った。むこうも、気になっていたらしく、電話をかけようかと思っていたらしい。


 記憶がはっきりとしないまま、困っていると、その人は、不明なお金をいったん、私に返すという。私も自信がなかったので、


「もう一度、家に帰って買ったものを調べてみる。ひょっとしたら、私の方が間違っているかもしれないし、お金は、今はいらない」と言ったが、「もし、そちらの間違いだったら、後でお金を返しに来てくれればいい」と言う。


 私は驚いた。今まで、不明に記帳された金額について、お店に聞きに行ったことがあるが、不明なので、お金を返すと言われた事は初めてだったからだ。


 これが、日本人とアフリカ人の違いなのかなぁと私は考え込んでしまった。


 彼らは、日常生活を助け合って暮らすことを当たり前のこととしているそうだ。その人は、
「日本人は、なぜ自殺が多いの?どうして人に相談しないの?アフリカでは考えられない」と話す。


 アフリカ人は貧しい可愛そうな人達だと多くの日本人は思っているようだとその人は言う。日本人と友達になろうとすると、お金をせびられるかもしれないと警戒されると悲しそうに話す。


 私は、少し驚いた。私にとってアフリカの人々は、貧しいかもしれないが、心が豊かなうらやましい存在だからだ。普通に生活しているアフリカ人の子供の生命力に溢れたキラキラした瞳。写真やテレビでしか見たことはないが、今の日本の子供達が失ってしまった物ではないか。


 日本の社会が大切にしている価値観とアフリカの人達が今も大切に守っている価値観はどうも違うような気がするのだ。


 不明なお金を、まず、相手に返すという事は、お金よりも相手との信頼関係を大切にする行為なのだろう。


 お金を受けとって帰った私は商品とレシートを何度も照らし合わせ、やっとこちらの間違いであった事に気づいた。そして、お金を戻しに行って、この事は一見落着した。


 何よりも人とのつながりを最優先にするアフリカの人の心を、味わうことができた貴重な体験だった。トンネルの中の日本人の子供が、こういう心を体験できる可能性は、今の日本にどれだけあるのだろうか。
(2008年随筆春秋第二十九号掲載)」